体幹チューニングの歴史及び経緯


創始者、須田達史が幼少より自ら「究極」を求め、武道、空手、キックボクシングを追求する。
修行過程において、自身はキックボクシング日本チャンピオンとなるも、さらなる「究極」を求め、海外への武者修行を敢行。キックボクシングの最高峰タイへ渡るも「世界との壁」にぶつかる。「世界との壁」を乗り越えるべく、タイでの修行を行うが歴史に裏付けられた壁を乗り越えられず、一時日本に帰国。その際、キックボクシング先進国オランダを知り、すぐさまオランダに渡る。オランダでは、規格外選手たちとの修行の日々で“倒れない”大和魂が逆効果となり、パンチドランカーとなる。ドクターストップにより帰国。若くして選手生活を終える。
キックボクシングから引退後も「究極」を追求する姿勢に変化はなく、さまざまなトレーニングを人体実験する中、「肥田式強健術」と出会う。
日本人の日本人による日本人のための「肥田式強健術」との出会いを経て、須田自身が開発者、指導者として開眼。その後、“野良犬”小林聡選手との運命の出会いがあった。
世界の頂点を小林選手との二人三脚で目指し、ついにタイの現役チャンピオンに勝利する。
今現在でも、日本人では2人しか成し得ていない快挙を達成。
その後、数々の世界タイトルを奪取する。
そのビクトリーロードの過程に於いて、「体幹チューニング」が完成する。
2006年、小林聡選手は70戦以上の戦いにピリオドを打ち、引退。伝説となる。
小林選手の引退を機に、世界初、日本発、カラダ調律メソッド「体幹チューニング」を一般公開するに至る。

2006年 プレ公開
2007年 体幹チューニングを一般公開
体幹チューニング協会を設立
カラダ調律師講座開設
2009年 体幹チューニング本部に名称変更
鈴木国博選手への体幹チューニングメソッドを導入
2011年 有資格者向けの養成講座C.T.S. (コア・チューニング・スペシャリスト) 開設
C.T.I.(コア・チューニング・インストラクター)養成講座開設
2012年 「体幹チューニングを世界へ」発信する為に体幹チューニング専門学院大阪校開設